不安に振り回されない生き方-「今」を生きる習慣|H&Aポルトガル語教室
- atsukohoshi
- 4 日前
- 読了時間: 7分
Oi gente! Tudo bem? こんにちは!
日本ブラジル中央協会理事・ブラジル歯科医師・H&Aコンサルティング代表 兼 ポルトガル語講師の星淳子ナターリアです。
ブラジルサントスで生まれ育ったブラジル日系2世で、現在は日本で暮らしています。
最近、日本でも若者を中心に「心がしんどい」「生きづらい」という声を耳にすることが増えました。国の宝である子供たちの、こうした声に触れるたび、胸が締め付けられるような気持ちになります。
将来への不安、他人との比較、自分の価値が分からなくなる感覚。こうした心の揺れは、今や特別なものではなく、誰の身近にもあるもののように感じます。そんな話題に触れる時、私はある人の言葉を思い出します。
「悩めるってことは、あんた幸せなんだよ。海で溺れそうになっているときに、悩むか?悩めるってことは、幸せなことなんだよ。」
さらに、こんな言葉も聞いたことがあります。
「自分の足で歩ける。美味しくものを食べられる。痛みを感じずに眠れる。病気になると、それだけでも十分に幸せだと気付く。人間の最大の不幸は、自分が幸せだと気付かないこと。」
自分が悩んでいるときにこの言葉を聞いても、正直なところ、「そんなこと言われても……」と戸惑う気持ちのほうが強かったのを覚えています。けれども年を重ね、日本、ブラジル、そしてアメリカで生活を重ねる中で、少しずつこの言葉の意味が腑に落ちてきている自分にも気づき始めています。
■ マズローの欲求5段階説
心理学者マズローをご存じの方も多いかもしれません。彼は、人間の欲求には段階があると考えました。
①生きるための欲求
②安全の欲求
③社会的つながりへの欲求
④承認欲求
⑤自己実現欲求
まず①や②といった土台となる欲求が満たされ、その上に③④⑤が重なっていくという考え方です。近年では、必ずしもきれいな階段状に進むわけではなく、複数の欲求が同時に存在することも指摘されていますが、それでも「生きるための土台」が心の余裕に大きく影響するという点は、多くの研究で共有されています。
この視点から日本を見てみると、日本は衣食住や医療、治安といった「生きるための基盤」が比較的安定している社会と言えると思います。その分、①や②を強く意識する機会が少なく、多くの人が無意識のうちに④承認欲求や⑤自己実現欲求といった上位の欲求に心を向けやすくなるのかもしれません。
だからこそ、「自分はこのままでいいのか」「もっと何かしなければならないのではないか」と悩みやすい。これは、ある意味で日本社会の成熟が生んだ悩みとも言えるのではないでしょうか。
一方、ブラジルでは、貧富の差が非常に大きく、貧困層の人々はその日を生きることで精一杯という現実があります。今日食べるものはあるか、安全に眠れる場所はあるか。そうした切実な状況の中では、他人と自分を比べたり、将来の自己実現を思い悩んだりする余裕は、正直ほとんどありません。
もちろん、厳しい環境の中でも夢を持ち続ける人はいますが、日々の生活が不安定な状況では、まず「今日をどう生きるか」が最優先になるケースが多いように感じます。これはブラジルに限らず、戦禍にある国や、まだ発展途上にある国々でも同じでしょう。生きること自体が最大の課題であるとき、人は「比較」よりも「現実」に向き合わざるを得ません。
だからこそ、①や②について心配のない人たちにとって、先ほどの言葉は少し厳しく聞こえるかもしれませんが、同時に真実を突いているようにも思えます。悩めるということは、少なくとも「考える余白」がある状態だということ。裏を返せば、それは生きる基盤がある程度満たされている証でもあるのでしょう。

■ 環境の変化
もちろん、悩みを軽んじる必要はありません。ブラジルでも若者のうつやメンタルダウンが社会問題になっていますが、比較的裕福な層の若者で、強い不安や自己否定感が語られるケースが目立つとも言われています。
また近年では、貧困層の若者にもこうした傾向が広がりつつあるという指摘もあります。その背景の一つとして挙げられるのが、SNSの存在です。貧しくても、若者は好奇心旺盛で、安価なスマートフォンからでもSNSにアクセスできます。そこで他人の生活や成功例に触れることで、知らず知らずのうちに比較や期待が生まれ、心に静かな負荷を与え続けているのかもしれません。
近年、国内外で、ポラロイドカメラや有線の画面なし電話など、ひと昔前のテクノロジーに対するあこがれが広がっているという記事も見かけます。画面のない世界に安心感を覚える若者もいるようです。デジタル技術の進展や情報のスピードに、私たちの脳や心が追いつかず、どこかで疲れを感じているのかもしれません。
オーストラリアや欧州の一部の国・地域では、子供たちのSNS利用に年齢制限や学校での使用制限を設ける法律や制度が施行され始めています。この動きには、今後も注目していきたいところです。

■ Carpe Diem(カルペ・ディエム)
SNSの功罪はいろいろありますが、今の私たちは、もう一度「足るを知る」という視点を、時々立ち止まって思い出すことも大切なのではないでしょうか。今こうして歩けること、食べられること、眠れること。それ自体が、決して当たり前ではないという感覚。
ブラジルで出会った人々の中には、決して裕福ではなくても、今この瞬間を大切に生きている人がたくさんいました。
「先のことは分からない。でも今日は生きている。」
その感覚は、日本で生活していると、つい忘れてしまいがちな視点かもしれません。
悩みが生まれる社会にいるからこそ、私たちは時々、自分が立っている場所を見直す必要があります。悩める自分を責めるのではなく、「悩めている今の状態」を一度、静かに受け止めてみる。そこから、今を生きる感覚が、少しずつ戻ってくるのではないかと思うのです。
Carpe Diem(カルペ・ディエム)
古代ローマの詩人ホラティウスの詩に由来する言葉で、「今日という日を摘め」「今この瞬間をつかめ」という意味を持ちます。ブラジルで生活していると、この Carpe Diem に近い感覚を、特別な言葉ではなく「生き方」として体現している人々に数多く出会います。
明日の予定がはっきり決まっていなくても、将来の見通しが立たなくても、「今日は生きている」「今日はごはんがある」「今日は家族と笑えた」。そうした小さな事実を大切にしながら、一日一日を重ねていく姿です。
日本では Carpe Diem が「今を楽しめ」「好きなことをして生きよう」といった、やや軽やかな意味で使われることも多いですが、ブラジルで感じる Carpe Diem は、もっと静かで、もっと現実的です。「未来を楽観する」というよりも、「未来がどうなるか分からないからこそ、今日を大切にする」という感覚に近いように思います。
これは決して「刹那的に生きろ」という意味ではありません。今の自分が置かれている状況を受け止め、今日できることを丁寧に重ねていく。その積み重ねこそが、Carpe Diemの本質なのだと思います。
人生は、長いように見えても、結局は「今」の連続です。だからこそ、今を大切に生きていけば、振り返ったときに「悪くない人生だった」と思えるのかもしれません。文化や国が違っても、心の揺れは人間共通のものです。ただ、その揺れ方は、社会の土台によって大きく変わります。だからこそ、異なる文化を知ることは、自分自身の心を知ることにもつながるのではないでしょうか。

■ ブラジルをもっと深く知りたい方へ
今回のブログはいかがだったでしょうか?
真のコミュニケーションは言語だけではなく、文化や人を理解することで初めて成り立つものと考えています。H&Aポルトガル語教室では、このような理解のもと、ブラジルの日常生活などもテーマにしながら、楽しくレッスンを行っております。また、日本とブラジルの文化や習慣の違い、コニュニケーションの仕方の違いなどに注意しながら、確実なレベルアップを目指す効率的なレッスンを進めています。ご興味のある方は是非下👇の動画(26秒)をご覧の上、無料体験レッスンをお申し込み下さい。またH&Aコンサルティングでは、ブラジルセミナーなども開催しております。興味のある方は、ぜひホームページ(https://www.h-a-consulting.com/ )をご確認ください。
文化の違いを理解し、真のコミュニケーション スキルを磨きます(動画26秒)⤴️
👇こちらの動画も是非ご覧ください(57秒)。
文化の違いを理解し、真のコミュニケーション スキルを磨きます⤴️
メールマガジンの配信を希望される方は、メールアドレスを登録してください。ブログを更新しましたら、メルマガでお知らせいたします。
.jpg)




コメント